• 「音楽祭は雷鳴と共に」13 音を奏でる翼竜


     

     その夜遅くに、リジィとセヴランは「野薔薇(ハイデンルースライン)」を去った。

     日をまたぐ頃になって、帝国陸軍の装甲車が二人を――正確にはセヴランを迎えに来たからだ。音楽大祭のオペラ奏者は監視対象であり、外泊は許されていない、貴方がたは我が国の賓客だが従ってもらわねばならいルールはある。私的な食事へ勝手に招かれては困る。そう詰め寄られ、形式的なものとはいえ王族は尋問を受けるはめになった。場は張りつめた。イヴァンは主が真夜中に拘束される無礼に耐え兼ね、腰の得物を抜こうとしたほどだ。

     だが、収穫はあった。

     

    「余計な水をさしてくれたな、狼大佐は」

     春を待つ離宮の庭。鷹の王子は、その二つ名にふさわしい鋭い双眸を夜空に向け、口の端で笑む。

    「この愉快な間奏曲(インテルメッツォ)を、リジィにも聴かせてやりたかったんだが」

     夜空には、少しだけ欠けた月がくっきりと浮かび上がっている。冷えた風が褐色の肌を突いた。

     そこに――突如、大きな影が割り入ってくる。

    「来たな」

     手にしていた剣を振り上げる。三日月を剥ぎ取ったかのような曇りのない白刃が、その「化け物」を挑発した。

     不気味な低音が、それに応えて響く。オーボエの音色に似ているような気もするが、それはひどい割れ方をしていた。

     

    「やっと会えたな――悪しき竜」

     

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  • ザーネアイスと音楽家たち+発明家


     
     本日36℃超えを記録しただだ暑い京都よりこんばんは、史間です。あまりの暑さにアイスのことしか考えられなくなったため、本編そっちのけで掌編を書いてしまいました。本編にもかかります、はい。すみません、すみません。
     
     本編とまったく関係ない進行なので気軽に楽しんでいただけるかな〜と思います。時期的には「猫と妖精のディソナンツ」前半あたり。発明家少尉が楽しそうなのはデフォです。
     この物語の登場人物はこちらから確認できますのでぜひ〜。

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」12 破壊の音楽

     

    「いや……」

     

     セヴランは一歩退き、額に手を当てる。

    「そんなに簡単に、答えを出さなくていいんだ。よく考えて、そう、音楽大祭が終わった後でも。ボクは急がないから」

    「ううん。今、返事する。今じゃないと」

     リジィは首を振る。布を握り締め、セヴランのタイの辺りを凝視しながら、慎重に言葉を選んでいる。

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」11 楽団アレス・ムジク

     

    「アマデウス、エルク! もっと慎重に運びなさい」

     

     レザンスの焼け野原に少女の声が響く。

    「傾いているわ。それでは汚れてしまいます。カール!」

    「はい、お嬢様」

     ぬかるんだ土に赤い絨毯を敷く。その上に鎮座した特大コンサート・グランド<残響(ナーハ・ハル)>は、秋の柔らかな陽射しを浴びて艶めいて見えた。

     ブリーゼマイスター家の執事カールは、腰に差した革製の鞘から得物を抜く。それが巨大な音叉であると見とめた観衆からどよめきが起こった。それが大きく振り上げられ空を薙ぐと、風が歪んでぼんやりとしたラ音を彫り出す。音を聴き取ったフローリアンが<残響>の鍵盤を一つ叩いて、うなずいた。それからガウスが加わり、ヴィンター朝に生きた天才少女イステルの18時間にも及ぶ大作『ピアノと管弦楽奏者そして歌える者のための練習曲第2番~プレエ~』のさわりを連弾で演じる。客席から「なんだぁ、その堅苦しい曲は」や「酒が美味くなるのを演ってくれよ!」などとひやかす声が湧いたが、どれもが陽気で、皆この場を楽しんでいるのだ。カールの音叉の調律も連弾の調整も演出で、本来ならこんなことはしない。だが、それがこの寂しいレザンスに陽気な風を運び込む。嫌な記憶を一時薄れさせてくれる、そんな演奏会の幕開けを期待させる。

     

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  • オペラ「三銃士」

     

    (注)大デュマ『三銃士』ファンの方は、先に進まれることをおすすめしません。このお話は三銃士の名を借りただけの『響命のフェアリース』ネタ短編です! ネタ短編です! 大事なことなので2回言いました、言いましたよ!

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」10 アイヒンガー攻防

     

    (ここには、いずれ世話になると思っていたが)

     

     クラウスは油で黒く汚れた手に息を吹きかけた。冷えた指先にじわりとくすぐったい感触をもたらす。

    (まだ先の予定だったんだがなぁ)

     生まれた時から、自分の生涯は定まったと思っていた。

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」9 シュトレーメルの新作オペラ

     

    「リジィ、おい、リジィ!」

     

    「――わっ?」

     

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  • 歌劇『大いなる研鑽―Das schönste aller Geheimnisse』より第2幕「7つの音」

     

    9 シュトレーメルの新作オペラ」で明らかとなった、オペラの第2幕(一部)。

     

     

    歌劇『大いなる研鑽―Das schönste aller Geheimnisse』より第2幕「7つの音」

    作詞・作曲:ハンス・シュトレーメル

     

    登場人物(音楽大祭で演じる歌い手)

    ルーカス(アレクシス・ヴァント)…行商人の青年。ヨルトを探して旅をしている。

    ニナ(ダニエラ)…王妃の侍女で衣装係。ルーカスに恋をする。

    マティアス(エイミール・ドルノ)…王都に帰還した騎士。ニナに執心している。

    セヴェリ…(フランツ・クライバー)マティアスの戦友。

    ヨルト(フーゴ・ブック)…世界の秘密を知るという占い師。

     

    (第1幕のあらすじ)

     世界の秘密を知るという占い師ヨルト。彼は一度だけ、行商人の青年ルーカスに奇跡を見せる。それは、世界の始まりと終わりを示していた。この世は破滅に導かれる。近いうちに。ルーカスは、それを阻止するために、ヨルトにもう一度会おうと旅を続けている。

     王都に立ち寄り、東方の工芸品を王妃へ献上したルーカス。そこで、彼を見染めたのは、王妃付きの侍女ニナだった。

     そして第2幕へ――

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」8 ダニエラの失恋

     

     闇がセヴランの体を包んでいる。首筋をひやりとなぞる風は、秋風が地中に入り込み、さらに石によって冷やされたのだろう。この特異な空間で、音と共に在る響石から。

    (光弾――)

     漆黒龍頭のヴァイオリン<悲鳴>の弦を爪弾けば、強弱がつけられた音は響石を介在し丸い白光体となって天井に輝く。

     ヴィンター王朝後期の作家アンドロシュの一曲が、電気灯の引かれていない<地下牢>下層の姿を暴き出した。一人が通るのがやっとという細い通路。後も先も終わりが見えない。大口を開いた怪物と退治しているかのような、背筋を寒くする感覚を与える。黄土と白に磨き上げられた独特の響石がはめ込まれた天井は、所々欠け土が剥き出しになっている。なぜ崩落しないのか不思議なくらいだ。

     セヴランは弦から指を離し、弓を持ち直した。途端、淀んだ地下の空気が一転、張り詰める。

     

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  • 「音楽祭は雷鳴と共に」7 『田園の春』

     

     

     昼過ぎのベレント邸に、力強く、しかし切なさを漂わせた歌声が響く。

     

      貴方を想って泣くことを 今晩だけはお許しください

      貴方を想って歌うことを 貴方のお墓に口づけすることを!

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