ザーネアイスと音楽家たち+発明家


 
 本日36℃超えを記録しただだ暑い京都よりこんばんは、史間です。あまりの暑さにアイスのことしか考えられなくなったため、本編そっちのけで掌編を書いてしまいました。本編にもかかります、はい。すみません、すみません。
 
 本編とまったく関係ない進行なので気軽に楽しんでいただけるかな〜と思います。時期的には「猫と妖精のディソナンツ」前半あたり。発明家少尉が楽しそうなのはデフォです。
 この物語の登場人物はこちらから確認できますのでぜひ〜。

 

     *

 

 音楽家は、雪の降る夜に春の音色を奏でなければならないことがある。舞台上の季節は一夜のうちに目まぐるしく移り変わる。レイグラードの楽団員たちは、常にその身の内に様々な風景を閉じ込めておかねばならない。
 例えば、そう、肌を焼くような日であっても。
 
「う〜、生き返る〜」
 
 リジィは頬に手を添え身を震わせた。
 楽団員たちが集うカフェハウス「アウガルテン」から南へ500m。トラレス通りから枝分かれした西へ延びる細い路地の最奥に、レイグラードっ子たちに人気のザーネアイスの店がある。真っ白に塗装された店内で、ガラスケースの中に並ぶ色とりどりのザーネアイスたちは、宝石のように輝いて見えた。
「フ、好きなだけ頼むといいよ」
 オランジェの果実を練り込んだ氷菓を平らげた少女を振り返り、セヴランはうんうんとうなずいた。
 <最高の楽長>として大陸中から愛された歌姫エルザ=マリア・ゲルルの娘である「歌えない歌姫」リジィ。レイグラード最高の演奏家として、その完璧な彫刻のごとき容姿とともに人気を博しているヴァイオリン奏者<漆黒のガイガー>ことセヴラン。二人が共に行動する様を、帝都の人々は見慣れはじめていた。ゴシップ記事が評判の新聞『ツァイト・ロース』も、このところはリジィをあからさまに批判することはなくなった。歌姫ツェツィーリアのアリエを歌い切った彼女を、見守ろうという気になったのだろう。
 店の外に群がった娘たちを追い払ったセヴランは、漆黒の衣装に汗一つ浮かべずにブルーベリー味を注文する。
「君のファンへの態度は年中極寒だな、セヴラン」
 紫色に染まったザーネアイスを口に運ぼうとしたところに、長身の女性が現れた。
「イザベラさん!」
「やあ、リジィ。こんにちは」
 短く切りそろえられた鳶色の髪と、同じ色をした瞳。皮の胸当てや腰鎧を身につけ、まるで女剣士のような出で立ちである楽団<猫(カッツェ)>のフルート奏者イザベラは、白い丸テーブルを挟んで座る二人の間に腰をおろして、にやりとする。
「趣味が悪いぞ。せめてリジィに接する時の優しさの100分の1くらい彼女らに分けてやればいいのに」
「キミの女装癖よりは100倍マシだと思うけどね。出口がわからないようだから、親切なボクが教えてあげるよ。その椅子を立って回れ右をして、10歩進めば外へ出られる」
「アタシにだって、ザーネアイスを食う権利はあるはずだが」
 セヴランに邪魔者扱いされても、イザベラは軽く笑って受け流す。それからグレープフルーツ味をくれと注文をするが、店員に首をひねられる。ハスロ王国出身の彼女ーーいや彼は「すまない」と苦笑し、パンペルムーゼのことだと言い直した。
「君は少しファンを大事にしたほうがいい。リジィだってそう思うだろう?」
「うん……」
 イザベラに同意を求められたリジィは、セヴランの様子をうかがいながら、おずおずとうなずく。
「楽団員は実力だけじゃなく、人気も仕事に影響する職業だ。まあ、君の場合は、冷たくすればするほど娘たちが熱を上げているようだから、アタシもそこまでうるさくは言わないけどな。劇場主や協会からは小言をくらっているんじゃないか?」
「余計なお世話だね」
 セヴランは肩をすくめた。
「でも、あのね。やっぱり、ファンの人は大切にしたほうがいいよ」
「う」
 大きな栗色の瞳に訴えられ、ガイガーは言葉を詰まらせた。
「だって、せっかくセヴランの演奏が好きでいてくれるんだもん。羨ましい。わたしなんか、まだぜんぜん。カルヴァさんにもまだまだだって言われちゃったし」
「そんなことはない。キミの声はとても魅力的だよ、リジィ」
 セヴランは身を乗り出し、イザベラを押しのけてリジィの手を取る。
「たとえレイグラード中の……いや大陸中の人がキミの歌を嫌いだと言っても、ボクだけはキミの感性を素晴らしいと言う自信がある」
「セヴラン……」
 リジィは目を潤ませ、うつむいた。
「それは、ちょっと、ひどいよ」
「え」
 なぜ「ひどいよ」なのか見当がつかずに、ガイガーは暗青灰の双眸を見開く。
「リ、リジィ。ボクは、何かキミを傷つけるようなことを? ボクはただ、キミの歌が嫌われても、ボクだけはそうじゃないと確信できると」
「う……やっぱり。わたし、楽団員の資格を協会に返したほうがいいのかな」
「——あ!」
 うなだれたままの相手が何を悲しんでいるのかようやく悟り、セヴランは慌てて手を離した。
「ち、違うんだリジィ! ボクが伝えたいのは、キミの歌声がどれほど素晴らしいかであって……!」
 違うんだと繰り返す。
「キミの声は……そう、思い出してほしい。“3天使の家”で奏でた子守唄のことを。バーナー教会で演じ切った夜のことを。確かな声量と、キミらしい表現力。これからもっと伸びるよ。ボクを信じてほしい」
「セヴラン……うん、ありがとう。わたし、がんばるね!」
 ようやく顔を上げたリジィは、すっかり涙を引っ込めてザーネアイスのおかわりを注文する。
「これは」
 イザベラは苦笑した。
「ダニエラが見たら、帝都中のザーネアイスが一瞬で蒸発するほど怒るだろうなぁ」
 そう口にするフレティストの横顔は、どこか寂しげにも見えた。
 
     *
 
「〜〜〜〜少尉」
 
 兵器厰(アルゼナール)のひと際重たい鉄扉を開けたウルリヒ・ディーツ軍曹は、上官の姿を見て盛大に溜め息をついた。青白い顔をした気の弱そうに見える容姿の少年は、16歳にして「帝国の頭脳」のサポートを任されるほど優秀だ。
「遊んでないで仕事をしてください、仕事を!」
 手にしていたファイルが「メキッ」という音を立てゆがむ。
「仕事ならちゃんとしているぞ〜」
 クラウス・シリー少尉は背伸びをして答える。最新の発電設備と空調設備の整った研究室は、ただひたすら広く、窓すらない。すぐに発明品を暴走させる天才から兵器厰を守るためだが、隔離された当人も研究に集中できるためか、案外居心地よさそうにしている。
「それのどこが仕事しているんですか、どこが!」
 軍用の簡易浴槽を改造してプールに仕立て上げ、水を張って泳いでいる様は、遊んでいるようにしか見えない。
「ほんとに、いつの間に作ったんですか。それ……って、水着もほんとどこで手に入れてきたんですか。まさか、経費で落としたんじゃないですよね?」
「こうして体を動かしているほうが、アイディアが浮かぶんだよ。ウルも泳ぐか?」
 金髪碧眼、そばかすの目立つクラウスは無邪気に手を振った。いつもは軍服と白衣の下に隠れている特殊長剣<皇帝(ケイゼル)>を操るたくましい腕が、むき出しになっている。
「話を聞いてください。そして泳ぎません。それよりも、仕事をしているというのなら、証拠を見せてくださいよ」
「よーし。そこまで言うなら、発表しようか」
「え……まさか。もう完成したんですか? あの依頼の品」
 フォルトナー伯爵から<地下牢(フェアリース)>を探索するためのある発明品をつくってほしいと言われている。軍用にも転用できるため引き受けを許されたのだが。
「ふっふっふ。驚くなよ」
 自作のプールから出たクラウスは、タオルでわしわしと頭をかき回しながら、机の隣のやけに大きな物体の前まで移動した。布がかけられてあり正体はわからないが、長身の少尉よりも大きい。
(違う……!)
 部下は直感した。伯爵に頼まれた物にしては、大きさが違いすぎる。同時に嫌な予感が襲った。
「少尉、それ」
「お。これが何かわかるのか? さすがウル」
「わかりませんよ! わかりませんけど、ろくでもない物だってことだけはわかりました!」
「ろくでもないことはないぞ」
 そう言ってクラウスは布を引っ張った。
「じゃーん。これぞ俺の今夏最大の発明品<キュール・クラウス1号>だ!」
「あー……」
 1号とはつまり試作品のことだ。いよいよまずいと思ったディーツはきびすを返す。
「わかりました。すごいですねー。存分に遊んで気が済んだようですから、依頼の品に取りかかってくださいね。じゃあ僕は仕事があるのでこれで」
「待て、待て。これからだろ」
「ちょ……冷たいじゃないですか! 軍服濡れる!」
 濡れたままの上官に腕を取られ、ディーツは悲鳴を上げた。
「せっかくだからザーネアイスを食っていかないか?」
「は? ザーネアイス?」
「そうそう。この<キュール・クラウス1号>はな、自動ザーネアイス製造機なんだ」
 ディーツを強引に椅子に座らせた後のクラウスの手際は見事だった。蒸気機関を温めている間に、食堂から発明に材料を運び込む。複雑に組まれた機械の上部を開け、そこに大量のミルクと砂糖を流し込み、最後にこぶし大に砕いた氷をこれでもかというほど投入した。
「この機械の中で、ザーネアイス職人のヘラの動かし方を完璧に再現するんだ」
「その発明が何の役に立つんです」
「世の中のザーネアイスの店が楽になる」
「他に楽にしなくちゃならないことがあるでしょうっ」
「なるほど。さすがウル」
「……まず僕の気苦労を減らしてくださいよ。少尉でも今すぐにできることですよ」
「まぁまぁ。まずは美味い物でも食ってから、な」
 蒸気の力でゴウンゴウンと音を立て始めた<キュール・クラウス1号>。ディーツはすぐに異変を察知する。これまでいくつも上官の発明に付き合わされてきたため、「異常音」には特に敏感になった。これだけは音楽家たちに負ける気がしない。
「少尉、逃げますよ」
「うん? なぜ逃げるんだ?」
「なんで自分の発明品の異変に鈍感なんですか、少尉は!」
「いやいや、昨日の試運転では問題なかったから大丈夫だ。ウルは少し我慢が足りないぞ。待ってろ、すぐにザーネアイスができるからな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 煙! 煙が出てる……!」
 
 ——数秒後。
 クラウス自慢の発明品によって分厚い研究室の壁に穴があく惨事に終わったのは、言うまでもない。

 
 
(了)
 
おそまつさまでしたっ。